英国でこの世を去った大伯母・玉青から、高級住宅街にある屋敷「十六夜荘」を遺された雄哉。思わぬ遺産に飛びつくが、大伯母は面識のない自分に、なぜこの屋敷を託したのか? 遺産を受け取るため、親族の中で異端視されていた大伯母について調べるうちに、「十六夜荘」にこめられた大伯母の想いと、そして「遺産」の真の姿を知ることになり――。
「十六夜荘ノート」は、私のデビュー二作目の作品です。
現代を生きるエリート青年・雄哉が、顔も知らぬ大伯母・玉青(たまお)から都内一等地にあるお屋敷を遺産として託されたことから、自らのルーツを紐解いていくことになります。
身の程知らず、変人、華族の風上にも置けない不良娘、アナーキー......。かつては華族の令嬢でありながら、親戚の間ですこぶる評判の悪い玉青は、なぜ英国で孤独死したのか。なぜ、交流のなかった自分にお屋敷を残したのか。謎が謎を呼び、いつしか雄哉は、若き日の玉青の面影に翻弄されます。
同時に、お屋敷に残されていたたくさんの絵画から、第二次世界大戦中、弾圧や検閲を受けながらも絵の道を志していた若き画学生たちの存在を、雄哉は知ることになります。
まるで月のように次々と姿を変える玉青の真実や、戦禍においても消えることのなかった若き画家たちの情熱は、一体どこへいきつくのでしょうか――。
『十六夜荘ノート』は、私にとって、初めて戦中戦後を描くことに挑戦した作品でもあります。今読み返してみても、デビュー二作目で、よくこんなに大きな題材に手を出したものだと思います。一番の「身の程知らず」は、私自身だったかもしれません。
主人公の雄哉と共に悪戦苦闘しつつ、それでも玉青や画学生たちの青春を生き生きと描くことができたことは、後の大きな自信につながりました。この作品を皮切りに、昨年の『百年の子』まで、私は戦中戦後を題材にした作品を既に五作品上梓しています。祖父母や両親が体験した戦争の記憶を残していきたいというのは、物書きになって以降、私の大きな目標の一つです。その意味でも、『十六夜荘ノート』はとても大切な作品です。
執筆から十年以上が経った今、プッシュファーストという形で『十六夜荘ノート』を新たに見つけていただき、本当に嬉しく、感謝の気持ちで一杯です。
今を決して「戦前」にしないためにも、戦禍を駆け抜けていった玉青たち先人の記憶を、現代を生きる雄哉と一緒に追体験していただければ幸いです。
そして、玉青の過去と現代の雄哉の心が、光と闇が交錯するようにまじりあうラストシーンを、どうか心ゆくまでご堪能ください。
東京都生まれ。映画会社勤務を経て、中国語翻訳者に。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。2017年『フラダン』で第6回JBBY賞(文学作品部門)を受賞。他の著作に「マカン・マラン」シリーズ(4巻)(中央公論新社)等がある。