人員削減の対象となった50歳目前の芦溝良郎は、上司に騙され出向を受け入れる。紹介先の人材派遣会社では、きつい仕事ばかりを紹介され長続きしない。家族からはこれまで通りにしてくれと言われ、スーツ姿で朝から出ていく。やがて心の病を自ら疑うようになった頃、以前の派遣社員の新たな姿に励まされ、公園で見かけたのがドングリだった。そこでの思いつきが、良郎の運命を大きく変えていく......。追いつめられた末に本人も気づかなかった潜在能力を発揮し始め、逞しく変貌していく主人公を描いた、心躍る長編小説!
このたびは、『PUSH!1st.』の一冊に拙著『ひなた弁当』を選んでいただき、誠にありがとうございます。
物語の主人公は、五十歳を目前にしてだまし討ちのような形でリストラされた、気が弱くてお人好しな男です。再就職先が見つからず、妻や娘からは冷たくされて八方ふさがり。しかし彼は、公園に落ちているものを見てひらめきます。ドングリって、昔の日本人にとっては主食だったのではないかと。
彼は、食べられる野草を調べて採取し、さらには川魚を釣ったりエビを獲ったりして調理するうちに、いつの間にかタフなハートを獲得します。それは「その気になれば人間、飢え死にすることなんてないのだ」という生きる自信でした。
さらに彼は、身近な食材を使った『ひなた弁当』を作って販売し始めます。もちろん細々とした事業なので頑張ってもおカネ持ちになんてなれません。かつかつの日々です。その代わり、毎日身体を目一杯動かして働くお陰で食べ物もお酒もやたらと美味しくなり、夜はぐっすり眠れるようになりました。数は少ないながらも『ひなた弁当』の熱心なファンたちに愛されて、利害関係のない友人たちができました。それは、誇り高く生きる道を見つけたということでした。
私は、誰にでも潜在能力というものがあると信じています。それを引き出すことなく人生を終えてしまうこともありますが、何かのきっかけや出会いがあれば、本人さえも予想だにしなかったことができてしまったり、大変身をとげてしまったりするかもしれないのです。本作には、そんなメッセージをこっそりともぐり込ませました。
さて、本との出会いも、読んだ人の潜在能力を刺激するきっかけを作ってくれる、ちょっとした「事件」です。私自身、これを読んでなかったら今の自分はいないかもしれないと思う本が何冊かあります。
書店員さんは、本の作り手と読み手をつなぐキューピッドのような存在です。これからも、読者の方々の人生に刺激的な変化をもたらす矢を放ち続けていただきますよう、お願い致します。