答えがはっきり書かれてたのに・・・・
フーダニットの国産名作
倉知 淳 著
講談社/本体752円+税
1962年静岡県生まれ。93年、『競作 五十円玉二十枚の謎』で若竹賞を受賞してデビュー。2001年、『壺中の天国』で第1回本格ミステリ大賞を受賞。2015年刊行の『片桐大三郎とXYZの悲劇』は各種ミステリランキングで上位に。寡作だが、その作品はすべて高水準で、新作を常に渇望されている。
郷に入りては郷に従う・・・・しかない、サラリーマン必死の生き残り作戦!
福澤 徹三
著
文藝春秋/本体770円+税
1962年福岡県生まれ。デザイナー、コピーライター等を経て、作家活動に。第10回大藪春彦賞受賞の『すじぼり』(角川文庫)、『しにんあそび』『東京難民』(以上光文社文庫)、『ジューン・ブラッド』(幻冬舎文庫)、『灰色の犬』(光文社)、『死に金』(文藝春秋)など著書多数。
「Iターン」とは、本来、都市で生まれ育った人が、地方企業に就職することを示す言葉。しかし本作の「I」とは「自分」。主人公の狛江が、本当の自分にターンすべく、迷い、のたうち回り、足掻く物語です。
狛江は広告代理店勤務。北九州に支店長として単身赴任したのが運の尽き。実は支店はハナからリストラ候補。それでも必死に営業に励みますが、仕事のトラブルから借金を抱え、挙げ句、やくざに絡まれ万事休す。
狛江があれよあれよという間にカタに嵌められていくさまはコワいのですが、あまりにテンポがよすぎて、もはや痛快。これぞ近作「侠飯」シリーズにも通じる福澤節。ひとたびこのグルーヴに巻き込まれたら、脳からはドーパミンが噴出、ページを繰る手を止めることは不可能です。
一方、痛快さの裏で、福澤さんは私たちに重大なテーマを突きつけます。「働くって何?」「会社って何?」「正義って何?」――。
「都合の悪いことは、みんな下っぱのせいにして、給料やボーナスを削ったり、リストラしたり、(会社は)上の人間が金を取り込むためにあるんすか」
部下の柳が、狛江に食ってかかる台詞です。
本作には、百科事典の飛び込み営業に始まり、水商売、コピーライター、専門学校講師など数多の職を経た福澤さんの〝仕事観〟が横溢しています。誰もがその言葉に自らの立場を投影し、考えざるを得ないでしょう。
ノンストップのエンタテインメント性と、それを貫く骨太のテーマ。福澤作品の真骨頂が、本作には詰まっています。この先の人生に悩む中堅サラリーマンの方々。今まさに仕事選びをしている学生さん。あるいは、何か面白い小説を探している方。……つまり、すべての方々に自信を持ってお勧めできる傑作です!
講談社 文芸第三出版部 都丸 尚史さんのコメント
倉知淳さんのミステリはとぼけていて、ユーモラスで、それでいてきらりと光る論理の刃があり、大胆不敵にして冷徹な発想が潜んでいます。
下手をすると難解で退屈になりかねない謎解きの詳しい説明も(ミステリで一番面白いはずの場面がそうなってしまう不幸を何度体験してきたことか!)、倉知さんは、平明で軽快な達意の文章で、すらすらと飽きさせることなく、わかりやすく語りきり、ニコリと笑っているのです。
まったく恐るべき手腕と言わなければなりません。
このような倉知ミステリの特徴を集約したキャラクターが、猫丸先輩です。「猫丸」とはちょっと気になる名前ですよね。この猫丸先輩を探偵役とするシリーズは短編集が3冊、長編が1冊出ていますので、ぜひ読んでみてください。 おっと、お薦めするのは『星降り山荘の殺人』でした。この作品は1996年に発表された長編第二作です。倉知さんは本格ミステリの王道というべき、「吹雪の山荘で起きる殺人と、その犯人探し(フーダニット)」に真正面から挑んでいます。
「犯人探し」はまさにベーシックな趣向ですが、もっとも難しいテーマでもあります。なぜなら「意外な犯人」はあらゆるパターンが出尽くしていて、読者もそれらのパターンを意識しながら読み進めたりするからです。そうなると最後に犯人の正体が明らかになっても、読者はなかなか驚いてはくれません。
ですが、この『星降り山荘の殺人』では見事な「犯人探し」が展開されます。発表されてから20年が経ちますが、今も読み継がれていて、驚きと賞賛の声が絶えないのは、ラストで探偵役が披露する鮮やかな「犯人限定の論理」が素晴らしいからでしょう。
連続殺人の現場の状況を入念に検討して、「犯人の条件」を導き出す。その条件に当てはまるのは誰なのか、吹雪の山荘に集った人物たちの言動や、ささいな手がかりをベースに推理を展開し、絞り込んでいく。
このロジカルな推理のパートは実はびっくりするくらい長いのですが、先ほども述べたように、倉知さんは読者をわくわくさせながら、一気に読ませてしまいます。
同時に、読者はこの緻密なロジックを支えている細やかな伏線の妙を知らされ、思わず確かめたくなって、前半を読み返してしまう。そんな効果もある解決編なのです。
『星降り山荘の殺人』は日本の現代本格ミステリにおける屈指の傑作です。
これほどまでに純粋に面白いミステリは滅多にありません。絶対のお薦めです!
(読んでいただければ、この大傑作になぜ猫丸先輩が登場しないのかもわかりますよ。)